子供の空想を奪うな ~野口晴哉先生語録~
《野口晴哉語録より》
子供の空想を奪うな
一本の棒は剣にもなり、ステッキにもなれば、しんばり棒にもなる。
子供の豊かな空想をこわしてはいけない。
空想を法螺(ほら)だといって笑ってはいけない。
空想は新しい思いつきのもとであり、人間の独創する働きはここに育つのである。
大人はともすると正確をもとめたがるが、正確は他のなにものかによって正確なので、正確の押しつけは模倣のもとになる。
日本人を物真似人種にしたのは正確愛好病の為だ。
大きな視野をもって子供の空想を導かねばならぬ。
お伽噺(とぎばなし)を失った国は亡びる。
子供のお伽噺を奪った大人は、大人のお伽噺を真実のつもりでつかんで放さない。
その尊ぶ形式の頂上にあるものの存在するのはお伽噺の為ではないか。
それだのに大人は子供のお伽噺を奪って、お月さまを冷たい石とし、おてんとうさまを熱い岩にしてしまう。
雷って電気だよとすましている子供の哀れなこと。
驚きを失った子供達は興味も失ってゆく。
驚きは新しい世界への門だ。
お伽噺から現実を見る驚きがあれば、
大人になってお伽噺に生きることがなくなる。
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