対話 結婚 (一) ~野口晴哉著「大絃小絃」~
≪野口晴哉著 大絃小絃より≫
対話 結婚 (一)
「結婚するんだって?」
「ええ、しかし相手がまだなのです。誰か良い人がおりましたら、ご紹介くださいませんか」
「良い人など、この世にいるものですか」
「美しくって、頭が良くって、快活であれば良いのですが」
「そんなこと、惚れてしまえば誰だってそう見え、そう感じられますよ。そんなことなら選りどるまでもまい」
「じゃあ、どうしたら良いのですか?」
「適う人を見つけるのですよ」
「どんな人が適いましょうか」
「君はどういう生き方をします?例えば円満な社会人になるとか、成功する為に仕事を溌剌としてゆくとか、結婚には最初に人世観を確立し、自分の生きる方向を決定しておく必要があるのですよ。それが決まらなければ適う人など一人もいない。適っても、明日適うかどうか判らない」
「私は大いに仕事をし、それに生涯をかけたいと思っております」
「では台所の道具のような女を選びなさい。そうでなければ、せいぜい外交用のショーウーマンが良いでしょう。特別、女でなくても差し支えはない。妻君である格好さえしておれば。しかし仕事を大いにして、生涯をかけてそれで何をするつもりです?そのことに生き甲斐を感じますか?」
「仕事に成功すれば一家円満に暮らせるでしょう」
「違う。成功する為には円満を破るでしょう。成功したらまた円満を破るでしょう。成功を決心する以上は円満は捨ててしまう気持ちになりきらねば、ちょっと難しいでしょうね」
「それは判ります。しかし、究極、その行き着いたところで円満であれば。。。」
「墓の中でですね」
「いや。。。」
「もし円満に生きることを目的とするなら、もう少し違った角度から適う人を選ばねばなりませんね。行き着いた一点より、行きつつある行程に円満ということは必要なのですよ。
円満ということは、外面的に波風を立たせないということではなく、お互いに心の了解が徹底していることでなければならない。それには君は相手を見る眼がありませんね」
「何故でしょう」
「例えば前の方の話、あそこまで話が進んでいながら君が相手に〝結婚とともに舞台をやめろ〟と言った。
いいですか、生活は体験して判るもので、彼女は舞台の生活の楽しさは判っているが、結婚の生活の楽しさは判っていない。判っていないものの為に、判っているものを捨てさせようとすることは、ちょっと強引だとは思いませんか。もし舞台以上の楽しさを結婚生活に見い出せば、彼女は自分から舞台を捨てるでしょうが、未知のものの為に、今彼女が一番楽しんで生きている幸せを捨てさせようとする考えが、彼女の心を感ずることができない男だと、私は言うのですよ。舞台の生活以上に楽しい生活を、君は彼女に与えられる自信がなかったのでしょう。もしあったとしても、そういうことを言い出すようでは実現しませんね。問題は最初に自分自身の眼を開いて相手を見ることができるようになることですね」
「先日ごらんになったあの女の人はどうでしょう。少し仕込めば良くなると思いますが。。。」
「あの人でなくてはならないものを見ましたか。結婚は良い悪いで決めるものではなく、また同情したり、相手を仕込んで良くしようと考えたりして為すべきではありません。ただその人でなければならないものをハッキリと感じてのみ結婚に進むべきで、他と比較して良い悪いという考えで行ってはいけません。君はまだ彼女だけにしか求められないものを見ていない。女の外形だけ掴んでいるだけだ。
相手の問題ではない。君自身の問題だ。これが解決すれば、探さなくても自ずから相会うでしょう。心配なさるな」
写真
by Hitomi スマホ
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