人間に於ける自然を活かす ~野口晴哉先生講義録~
《野口晴哉講義録より》
人間に於ける自然を活かす
前文略
私の家に猫がおりますけれども、彼は絶対に嫌な物、悪い物は食べないのです。だから、猫にやってみるのです。猫が食べれば、食べたから安心だと皆も食べる。近頃の食べ物は怪しいてすからね。ところが怪しいものは絶対に食べないのです。どんなにお腹を空かしていても、まず嗅いで、そうっと嘗めて味わって、用心して、大丈夫だと食べる。せっかくあげたものを用心されるのは気持ち悪いですね。こいつと思って睨むのですけども、彼は澄ましてどいてしまう。それは悪い物なのです。
子供でもそうなのです。そうやって育った子供はちゃんと悪いものは悪いで、食べない。
お腹が空いたから何でも入れてしまうなどというのは戦争を体験した人間だけです。戦争以来皆食いしん坊です。ある時に食べておかなければ次にいつ食べられるか分からない。人より余分に食べようとか考えるのです。ところが人より余分に食べて同じ生活をしているのは、それだけその人の中の同化力が足りないということなのです。
眠るのでも、八時間眠らなくてはいけない。十時間寝なくてはいけないとか言っている。先程来ていた人も、五時間しか眠れないと苦情を言っていましたが、五時間も眠っていて厚かましいですね。実際一時間だって二時間だって寝られればそれで充分なのです。充分だから目が覚めるのです。
目が覚めればそれでよいのです。それが眠いというのは、頭の中で何時間しか寝なかったと、眠りに貸しを作ったようなつもりでいるからです。だから眠い。それでいて夕方や夜になったら眠くない。夜になったらまた夕べと同じくらいに遅くならないと眠くないというのは、もう眠りが足りていたのです。だから、自分の心の問題として、一種の自己暗示で眠くなっていたのです。
眠りはやはり量の問題ではなくて質の問題ですから、少なければ少ないほど深くなっている。だから、眠りは長さで測るのではなくて、深さで測らなければならない。
そうだとしたら、深く短く、簡単に起きればそれでよい。それを人より何時間でも余分に寝なくてはいけない。一時間でも余分に寝れば儲けだなどと思う。それなら墓の下に行けばゆっくり寝られますよ。それを真面目な顔をして、髭の生えた大人までが睡眠時間の競争をやろうとしている。
けれども健康な体ならば深く眠って簡単に疲れが抜ける。人の倍働いても簡単に眠って疲れが抜けるのでなくてはならない。そうして、心の中がどこか愉快で悠々している。そういうようなことが人間の体の自然の状態だろうと思うのです。その自然の状態を健康と名づけているのです。
写真
by Hitomi スマホ
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